アイドル好きのメモ帳

ハロプロ、48Gを経てジャニ沼に落ちた人の自己満ブログです。

推し変、あるいは担降りという概念について。

最初に言っておきますが、これは担降りブログ的なものではありません。以前から担降りという概念については疑問もあったり、不思議に感じていた部分があってイマイチ理解しきれていなかったなと思っていて、でも最近ちょっと分かってきた気がするので、そんな話を書きたいと思います。

担降りに近い意味を持つ言葉として、推し変という言い方があります。私にはこっちの方が馴染みがあって、以前「推しは増やすものだと思っている」と書いた事もあるのだけど、とは言え推し増しの行き着く先は推し変だろうとも思ってはいて、長くドルヲタをやっていたら避けては通れない道ではあると思いますし、もちろん私も推し変してきてます。でもグループ卒業とか引退とか以外の理由で推しが変わった事がなく、ヲタを続けていくためには推し変せざるを得なかった、というのが実際のところでした。だからこれまで推しが変わる事についてあまり深く考えた事はなかったし、これと言って複雑な感情を抱く事もありませんでした。卒業してアイドルではなくなっていったり、辞めて一般人になって会えなくなったりして哀しい思いはしてきたけど、私にとって推し変はわりと成り行き、もしくは不可抗力だったから、そこに後ろめたいも何もないというか、推し変しなきゃヲタ卒する事になってたわけです。

ジャニーズに詳しくなる前から、担降りブログ的なものの存在は知っていて、何度か読んだ事もあるのですが、(推し変と違って)担降りするのってしんどいんだな、と思ったのと同時に、わざわざ宣言する事に何の意味があるんだろう、という率直な疑問を抱いていました。以前、友人のV担さんにその話をしたら、その人もわざわざ担降り宣言する人の気持ちは分からないけど「宣言する事で、何かとケジメを付けたいんだろうね」と言っていて、なるほどなと思いつつ、私はそういう心境になった事はないなあと思いました。ケジメって何だろう。完全に元推しに興味がなくなって、別のメンバーを好きになってしまったのなら、ケジメも何もないだろうし、気持ち的にはまだ未練があるのに、現実としては他のメンバーを推しているから(現場に行ってないとか課金できてないとか)、とかそういう状況から来る後ろめたさなのだろうか、とか。でもその後ろめたさって誰に対する感情なんだろうか。推しに対して? 自分自身へのケジメというよりは、ヲタ仲間や友達に対する宣言のパターンなのかな、とか色々考えたりしてました。

女子アイドルの引退卒業は、概ね5〜8年程度のペースで訪れます。それでわりと充実している方です。女子アイドルで10年以上現役でグループアイドル続けてる子ってかなり稀で、それは女子アイドルの世界が、若くて(処女で)可愛い事が最良とされている事と、それに伴って消費ペースが速くて賞味期限が短くなりがちという問題を抱えているためであり、更に供給する側、つまり女の子側にとっても、アイドルとしてのモチベーションを維持できる限界の活動期間が最大10年程度だろうと思うからです。10代前半から20代前半までの、人間が1番魅力とエネルギーを持っていてそれを発揮できる時期に、いろんな犠牲を払ってアイドル活動をするという事は誰にでもできる事ではないし、それぐらい肉体的にも精神的にも消耗するハードなお仕事であると私は思うので、3年で自分が納得できる結果が出なければ辞めていいと思うし、こちらからしたら6年以上続けてくれれば御の字という感覚でした。1番好きだった亀井絵里ちゃんが辞めた時も、ベリが活動休止した時も、悲しかったけど納得できたのはそのせいです。

でもジャニーズや男子アイドルは違う。女子アイドルとは比べ物にならないくらい活動期間が長くて、事務所もファンもかなり長い目で見てくれるし、スキャンダルに対する処分も違法行為以外には甘めだし、結婚してもお父さんになってもアイドルでいる事が許される、面白いジャンルに成長してしまった(特にジャニーズはね)。勿論それはSMAPを代表とする先人たちのおかげでしょう。前項のUちゃんに、Jr.を推す事の最大の懸念はいきなり辞められる事だという話をしたら、「でもB少年はあと5年は安泰でしょう」と言われ、あー女子アイドルとは活動のスパンやビジョンが違い過ぎるんだ、と気付いて。つまり推しの卒業や脱退に遭遇する確率が、女子ドルヲタと比べるとだいぶ低いのがジャニヲタであり、その反面、メンバーがまだ普通に活動している中で推しを変えなきゃいけないという状況が起きやすいからこそ、担降り宣言という行動に繋がっていくんだなと思ってすごく納得したんですよ。それに多分、2〜3年のスパンで推し変する人は重めの担降り宣言なんかしないんじゃないかな。何年もずっと推してた人の方が、色々複雑な気持ちを持ってしまって、1人で抱えきれずに語らずにはいられなくなるんだろうな。そう考えるとわざわざ外に向かって宣言する人の気持ちも分からなくもないし、濃いヲタになればなるほど、推すのを辞めるのは自己存在の否定と一緒だから、抱えきれないというのも分かるんですけど、でも所詮自己満足の類ですよね。

自分がブログを始めたのはぼっちヲタのストレス解消みたいなもんで、ただただ好きな事を書くためにやってるし、今後も自由に書きたいから、他のグループが好きになったらそういう内容にシフトしていくだけだろうし、その都度ブログ作り直したりアーカイブ削除したりする気はないし。それに読む側としても、担降りブログってやっぱり寂しい気持ちになるし、それが自分の推しの担降りとかだったりすると、やるせない気持ちというか取り残されたような気持ちになります。でも楽しく読んでいたブログが推しが変わったっていう理由だけで更新が止まってしまうのも結構寂しかったりするんですよね。むしろ降り先のメンバーについて楽しそうに語っているのを見たりすると、楽しそうでよかったなあ、とも思うし、そっちに興味持ったりする事もあるし。私は見栄えとか読みやすさとかはあんま考えずに、ダラダラ長文書いてるだけだからアレだけど、ブログを書き続けるのってやっぱ大変だし、続けるのにはそれなりにパワーがいるなと思う。まあ別にヲタ活だけやって生きてるわけでもないんだから、ブログ更新してないからって推し変したとは限らないんですけどね。

ただTwitterに関してはちょっと、さすがにJUMP垢名乗ってるのにB少年の話ばっかすんのもな…と思っている自分がいて、そんでちょっと潜り気味になってきてもいて(ほんとかな?)、その発想があまりにも自分らしくなさすぎて、抵抗を感じるんですよね。そんなに交流もしてないし、誰かのためにSNSやってるわけじゃないのに、誰の目を気にしてるんだろう。やっぱり、後ろめたさの根本にあるのは、自分に対してでも推しに対してでもなく、ヲタ友に対してなのかも。

伊野尾さん経由でJUMPにハマって、そこから圭人くん推しになり約1年(厳密に言うと8月の横アリまで全然オタクらしい事はしてないから1年も経ってないけど)。今年頭ぐらいからNEWSにハマりFCにも入り、ジュニア情報局は(仮)時代に何故か加入していて、そのまま深く考えずに有料会員になり、チケット取れたからと気楽な気持ちで参加したJr.現場でB少年にハマり、最近は関ジュが気になり始めていて本当に順調に私の糞DDっぷりが発揮されてきたなと思っている。まあ無駄にアイドルの素養だけはあるので、ジャニーズにハマった時点でいろんなグループへ興味が向くであろうことは分かっていたし、その辿り着く先がJr.であることも大体覚悟はしてたんだけど、思ったよりは早かったかなあ…なんて思っております。担降り宣言なんてする気は一ミリもないけど、まあなんて言うか、私のアイコンの画像変わったら察してください。おしまい。

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